小豆と和菓子が主役のライフスタイルマガジン

世界中で羊羹が当たり前の100年後の世界

世界中で羊羹が当たり前の100年後の世界

フランスのリヨンで、小豆や餡を見たことも食べたこともない人たちに、どら焼きを召しあがっていただくデモンストレーションをしたとき、

「これはチョコか?」

「これはどんな味?スパイシーなの?」

とか聞かれました。

 

見たこともない知らない食べ物は、味の想像さえつかないのですね。

見たこともないものを、見たことがない人たちに伝える挑戦は、楽しくもありますが、孤独な気持ちにもなります。

そんな経験から、羊羹を世界に伝える活動をされている虎屋さんから勇気をいただこうと、お話しうかがってきました。

取材に応じてくださったのは、社長室 課長の 小泉芙美恵さんです。

Q 「羊羹を世界へ」が始まったのは何がきっかけだったのですか?

 

「羊羹を世界へ」は、2012年に、弊社社長の黒川から発せられ、社内のスローガンになり、2015年には会社の目標の一つとして掲げられました。

 

Q 2012年というと、2011年の東日本大震災のあとですね。

一瞬にして多くの尊い生命が奪われ、壊滅させられた被災地の惨状を目の当たりにし、わたくしどもで今できることは何か、何を今やらなくてはいけないのかと模索し、今できること、やるべきことに最善を尽くさねばならないと痛感しました。
菓子屋として、和菓子、および羊羹がこの先どうなっていくのかと考えたとき、よりオープンな発想、発想の転換が必要なのではないかという思いから、「羊羹を世界へ」の一歩を踏み出しました。

「世界」という言葉には、もちろん日本も含まれていますから、海外の方のみならず日本の方々へも羊羹のおいしさ、機能性といった魅力をさらに伝えることを主眼に活動する、というかたちで始まりました。

Q 羊羹をチョコみたいに食べてほしいとかかげておられます。そう表現するとチョコの方がより世界中のひとによく知られているってのを認めることになり、小豆好きなわたしとしては、なんだか悔しい気持ちがします。

チョコレートは、カカオ発見までさかのぼると歴史が古く、紀元前2000年頃から南米で栽培されており、当時は苦い薬用の飲料として用いられていたようです。
今のように、甘く、手でつまんで食べるようなミルクチョコレートができたのは、ほんの140~150年前位のことです。
140年前というと、日本は、明治の初めぐらいに当たりますでしょうか。
なので、甘い菓子としては羊羹の歴史の方が長いので、なんだか悔しいとおっしゃる気持ちも分かります。

ですが私たちは、歴史の古さとか、認知度ではなく、同じ豆由来の愛されている菓子、という思いでしょうか。

どちらが優れているとかではなく、和と洋の垣根を越え、美味しい豆の菓子と言う意味合いです。

 

Q 羊羹の可能性として、新しく伝えておられるのはどんなことですか?

羊羹のおいしさはもちろんですが、機能面に注目して、お伝えすることも多いです。たとえば、保存食、非常食といった側面で、当店の煉羊羹の賞味期限は常温保存で製造から1年としており、さらに未開封であれば賞味期限後1年は保存できます。また、日常生活では溶けることがないため、いつでもおいしく召しあがっていただけます。赤道直下の暑さでも溶けず、南極のような極寒の地でも凍りません。

また、別の側面として、当店の羊羹は、小豆、寒天、砂糖という植物性のシンプルな原材料でできており、低脂質・高糖質という特徴があります。極限に挑戦される様々なスポーツ・シーンでの手軽なエネルギー補給食としてもおすすめしています。摂取する食品に気を配られるアスリートの方にも、また、ヘルシーに気を配る方にも、安心して召し上がっていただけることをお伝えしています。

 

Q 「羊羹を世界へ」では、どんな活動をされているのですか?

パッケージに英語表記をしたり、海外の方のご来店が多い店舗には英語をはじめとする外国語が話せる社員や外国籍の社員を置き、海外のお客様の対応ができるようにしたり、「YOKAN」という4か国語表記の小冊子を作成し配布するなど、小さなことから始めています。また、2年前には、英語・中国語のオンラインショップを開設しました。

そのほか、数年ほど前からアスリートの方達に、スポーツ時のエネルギー補給食として羊羹をお使いいただく機会が増えたのですが、昨年、セーリングの国際大会で、エネルギー補給食としての羊羹の効用を日英で書いたチラシとともに、羊羹をご提供し、海外のアスリートの方にも新しい羊羹の活用方法を提案しました。

 

Q 羊羹はどんなふうに国外で受け入れられているのでしょうか?

1980年にパリ店がオープンした当初、羊羹は、黒い石鹸と間違われたと聞いています。

一見して、何でできているか分からないと、手にも取っていただけません。

そのため、どうやって召しあがっていただこうかと工夫し、パリ店では海外の方に馴染みのある食材を使ったオリジナルの羊羹を開発しました。たとえば、ポワールキャラメル羊羹(洋ナシのコンポートとキャラメルを使った羊羹)や、いちじく羊羹(いちじくの赤ワイン煮が入った羊羹)など。和菓子、日本の食文化をそのまま持っていくのではなく、まず現地の食文化を受け入れることが大切だと気付いたのです。
パリ店は、2020年に40周年を迎えます。今では、お客様の8割以上が現地の方で、ランチの時間帯には予約で常に満席です。地道に歩んだ結果、少しずつですが海外の方に、羊羹、和菓子が浸透してきているようです。

Q 羊羹コレクションというイベントも海外で開催されましたね。どんな反応でしたか?

羊羹コレクションは、他の和菓子屋さんと共に、参加企業の一社として活動させていただいています。

この活動は、2010年に百貨店の催事から始まり、2016年にはパリで、翌年2017年にはシンガポールでも、羊羹を世界に伝えるイベントを行うまでになりました。

他の和菓子屋さんと一丸となって活動することで、羊羹、和菓子を大きく広げていこうという気運が業界のなかで高まっている気がします。

そんななか、パリやシンガポールで来場された現地の方に人気だったのは、いわゆる小倉羊羹などの定番の煉羊羹ではなく、見た目が美しい羊羹や、フルーツソースを上からかけ、美しく演出するものや、フレーバーをつけたものなどが、とても人気だったと聞いています。

黒い羊羹を切っただけというのは、どうもまだ難しいようです。

 

Q 羊羹を知らない人に、ゼロから説明するのは難しそうですね。

短期間で成果をあげるとなると、難しいとわたしたちも認識しています。

ただ、この活動は時間軸がとても長い活動です。
100年、200年といった長い時間軸の中で、私たち虎屋のひとりひとりが、どういうステップをいま踏むことができるのか、それを考えるのはすごく楽しいです。

Q どんなステップがあると考えておられますか?

例えば、羊羹の前に、和菓子、ひいては餡を世界の方に知っていただくことも必要かもしれないと感じています。
弊社の別のブランドで、「とらやがつくるもうひとつのお菓子」をコンセプトに、餡をベースに和でも洋でもない新しい菓子を提供する「TORAYA CAFÉ」では、「あんペースト」という、餡を瓶詰めにし、ジャムのような感覚でお使いいただける商品があります。国内外のいろんな世代の方に召し上がっていただくシーンがまず広がるといいなと。

毎日の生活の中で、餡を召し上がっていただくことが、当たり前になることが理想ですね。
トーストに塗るとか、ヨーグルトやアイスに載せる、混ぜるといった具合です。

こんな風に、ステップとしては、毎日の生活の中に取り入れていただく、そのためにはどうしたらいいのかなどを考えています。

ただし食文化は押し付けられるものではありません。
アジア以外の海外では甘く煮た豆を食べる習慣がほとんどないため、日常生活に餡を取り入れていただくことは、なかなかハードルが高いかもしれないとも感じています。

和菓子は、日本という土地風土に馴染んで、日本文化の一つとして発展してきました。
日本人はそれを大切にしています。
そんな日本のなかで、餡があり、そのなかで、餡を使った菓子として羊羹がある。

まず、餡に興味をもっていただき、それがきっかけで、羊羹も知っていただけたらというふうに考えています 。

100年後とか200年後、もともと、どこの国の菓子だったかわからないほど、羊羹が当たり前の世界になっていて、「昔、日本の和菓子屋が、羊羹っていうのを広めたらしいよ」という風に言われたいですね。

最終的に、羊羹は和でも洋でもなく、最高の原材料を使った美味しい菓子として食べてもらえるよう、活動してゆきます。

 

小泉さん、ありがとうございました。

この活動は時間軸が長いんですよ、とおしえていただいたとき、はっとしました。
当たり前のことなのに、何を私は焦っているんだろうと。

世界で羊羹が愛されるという結果がいますぐでるわけではないけれど、、そこまでの過程を、虎屋で働く皆さんお一人お一人が楽しみながら進んでおられるのが伝わってきました。
活動しておられるお姿が楽しそうだからこそ、その笑顔をみて、「羊羹って何」と周りが集ってくるのですねきっと。

100年後に羊羹が当たり前の世界は、すぐやってきそうです。
そのとき、どんな羊羹が、どんな風に食べられているのかを想像するのが楽しくなりました。

執筆 和田美香

取材日 2019/2/14

 

<取材協力>

株式会社虎屋

とらやは室町時代後期の京都で創業。五世紀にわたり和菓子屋を営む。
後陽成天皇の御在位中(1586〜1611)より、御所の御用を勤める。
明治2年(1869)東京遷都にともない、天皇にお供して、京都の店はそのままに東京にも進出、現在に至る。
https://www.toraya-group.co.jp/

<関連記事>
記事 https://www.azuki.tokyo/sirha2019-lyon/

ABOUT THE AUTHOR

Azuki編集部編集長和田 美香
むくみやだるさで仕事も子育ても苦しかったとき、小豆玄米ごはんや、オリジナルの小豆シリアルを毎日食べることで、調子をとりもどす経験をする。もともと美容業界で働いていており、内面から輝く美容には、毎日の食も大切と実感していたことから、小豆のよさを世界の女性に伝える大使としてAzuki.tokyoの活動を始める。
Return Top