小豆と和菓子が主役のライフスタイルマガジン

和菓子紹介

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吉はし 「野の花」

吉はし 「野の花」

  春まだ浅い金沢に行ってきました。 彼の地もまた、和菓子の文化が花開く街。 ということで、金沢の上生菓子(お茶席などで使われるお菓子)を紹介します。 お店の名前は「吉はし」。この名前でググると「幻」とか「別格」とかいう言葉が躍っていました。 注文のみ受け付けで、店売りもなし、デパートなどにも卸してないという...
なが餅笹井屋のなが餅

伊勢で赤福と一緒に食べてほしい「なが餅」

2016年に行われたG7伊勢志摩サミット。安倍晋三首相は、開催地の選定理由を「伊勢神宮は悠久の歴史をつむいできた。リーダーたちに日本の精神性に触れていただくには大変よい場所だ。志摩には日本の原風景といえる美しい自然がある。ぜひ日本のふるさとの情景を肌で感じてほしい。」と述べています。 その伊勢神宮を参拝したほとんどの人...
出町ふたば「名代豆餅」

出町ふたば「名代豆餅」

京都の人は、基本的に行列が嫌いです。 その京都の人たちが、行列を厭わない数少ないお店が出町柳にある「出町ふたば」。 何を食べても美味しいのですが、今回は「名代 豆餅」を紹介します。 赤えんどう豆を混ぜたお餅で漉し餡をくるんだ豆大福。 お餅は赤えんどう豆がすっぽり隠れるくらいの厚みがありますが、とても柔らかく、ほんのりと...
お汁粉は飲むものか?食うものか?

お汁粉は飲むものか?食うものか?

「汁粉は飲むものか?食うものか?」 の談義をされたのは、文豪 芥川龍之介と久保田万次郎でした。 芥川龍之介は、お汁粉を好んで召し上がったようで、 東京のご贔屓のお店もいくつか随筆等で紹介されています。 東京上野の「常磐」はお気に入りだったようですが、東京大震災で焼失し、 それきり復活はしなかったようです。 常磐の汁粉は...
桜餅

桜餅

「お水取りが済んだら、もう春やなあ」 京都の人は、3月になるとよくそんな風に言います。「お水取り」というのは奈良の東大寺、二月堂で行われる修二会、という行事です。 実際、それが行われる3月も半ばになると、まだまだ寒いとはいえ、ちょっとした日差しや空気に春の予感を強く感じるようになります。 そんなある日、少し黄色味を増し...
東大 山本教授に聞く 和菓子の歴史 (後編)

東大 山本教授に聞く 和菓子の歴史 (後編)

「江戸時代から続く 老舗の和菓子屋」(双葉社)の監修者である東京大学史料編纂所 山本博文教授への取材、後編です。前編の様子はこちら。 器用×柔軟という日本人の気質  Azuki編集部「お話を伺っていると、日本人は中国・南蛮のものをうまく取り入れていますが、とても柔軟だということでしょうか?」 山本教授「江戸時代の大名が...
東大 山本教授に聞く 和菓子の歴史 (前編)

東大 山本教授に聞く 和菓子の歴史 (前編)

梅の見頃を迎えた2月某日、東京大学 史料編纂所の山本博文教授(以下、山本教授)を取材した様子を2回に渡ってお伝えします。 きっかけは和菓子への素朴な疑問から azukiに参加するにあたって、私が大好きな和菓子屋を整理していると、たねや・叶 匠壽庵と滋賀の店が2軒もあることが気にかかりました。 なぜ京都ではなく滋賀なのか...
和菓子の歴史をひもとけば、気候風土を活かした味の追及がみえてきます

和菓子の歴史

和菓子には、お抹茶といっしょにいただく練きりの菓子から、毎日たべたいどら焼きや大福などの気軽な菓子まで、幅広くあります。 食べるシーンや、製法や、材料がぜんぜんちがうのに、なぜひとことで和菓子といわれるのか。 そう不思議におもっていたとき、和菓子の歴史を知る機会がありました。 どんな背景から生まれた食べ物かという由来や...
江戸の和菓子は実は男たちを支えるエナジー食だった

江戸の和菓子は実は男たちを支えるエナジー食だった

甘い菓子といえば、女性が好むものと、おもっていませんか。 でも、江戸菓子の歴史をひもといてみると、金鍔や大福、桜餅、今川焼など、日常生活のなかで食べられる菓子は、実は、江戸の男たちに支えられて生まれた菓子という側面もあったことがわかります。 和菓子ができた背景 江戸時代、和菓子が庶民の口にはいるようになった背景には、砂...
金鍔

榮太樓の金鍔はどうして丸いの?

日本橋にある榮太樓總本鋪さんの金鍔は、丸い形です。 四角い立方体の金鍔をみることが多いなかで、どうして丸い形なのに、同じ金鍔という名前なのか? そんな疑問から、どうして榮太樓の金鍔は丸いのか教えていただきました。 教えていただいたのは、株式会社榮太樓總本鋪 取締役副社長 細田将己さんです。 金鍔の名前の由来は、刀の鍔か...
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